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前を向け! PAGE3

last update Last Updated: 2025-08-30 15:31:07

「そうですか、ちゃんと病院に行かれるんですね。それはよかった」

『うん。まだ安心はできないけど、とりあえずパパが病院に行く気になってくれただけでも一歩前進かな。アドバイスをくれたのが貴方だってことは言わなかったけど、言った方がよかった?』

 絢乃さんはまず第一関門を突破できたことに安心されたようで、次に僕が助言したことについてお父さまに話した方がよかったのか否かを確かめられた。心優しい彼女はきっと、説得がうまくいかなくてお父さまがご機嫌を損なわれた場合に僕がとばっちりを受けないよう、あえてそのことを伝えなかったのだと思う。

「いえ……まぁ、僕はどちらでもよかったですけど。絢乃さん、ご存じでした? お父さまは篠沢商事の社員や、篠沢グループの役員全員の顔と名前を記憶されてるんですよ。なので、今日会場にいたのが僕だということも気づかれていたはずです」

 あのパーティー会場で、僕が源一会長と直接言葉を交わすことはなかったが、彼の方は僕の顔を物珍しげにチラチラとご覧になっていたような気がする。「あれ、あんなに若い社員が来ているなんて珍しいな」という感じだったのだろう(ちなみに、会社では接点があった)。

 そのことを伝えると、絢乃さんはお父さまの並外れた記憶力に驚愕されていた。

「――それはともかく、絢乃さんは明日どうされるんですか? お母さまとご一緒に付き添いに?」

 僕がそう訊ねると、彼女は「パパのことはママに任せて、わたしは学校に行くことにした」と答えられた。お友だちに心配をかけたくないし、自分が一緒に行ってもかえって両親に気を遣わせるだけだから、と。まだ十七歳なのに、こういう時の判断がしっかりできるなんてスゴい人だなと思った。

 彼女はどうやら入浴前だったようで、電話口からかすかに水音も聞こえていた。もしや、室内にバスルームまで完備されているのか……!?

「お風呂に入るところだったから」と通話を終えようとしていた彼女に、湯冷めしないよう諭してから僕は電話が切れるのを待った。

 ――彼女は何度も僕に「ありがとう」を言っていた。けれど、〝ありがとう〟を言いたいのは僕の方だった。

 もう一度、女性を信じようという気を起こさせてくれて。そして僕を裏切らないでいてくれて。

「絢乃さん、ありがとうございます……」

 僕はスマホを見つめながら、前を向く勇気が湧いてくるの
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  • トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~   前を向け! PAGE3

    「そうですか、ちゃんと病院に行かれるんですね。それはよかった」『うん。まだ安心はできないけど、とりあえずパパが病院に行く気になってくれただけでも一歩前進かな。アドバイスをくれたのが貴方だってことは言わなかったけど、言った方がよかった?』 絢乃さんはまず第一関門を突破できたことに安心されたようで、次に僕が助言したことについてお父さまに話した方がよかったのか否かを確かめられた。心優しい彼女はきっと、説得がうまくいかなくてお父さまがご機嫌を損なわれた場合に僕がとばっちりを受けないよう、あえてそのことを伝えなかったのだと思う。「いえ……まぁ、僕はどちらでもよかったですけど。絢乃さん、ご存じでした? お父さまは篠沢商事の社員や、篠沢グループの役員全員の顔と名前を記憶されてるんですよ。なので、今日会場にいたのが僕だということも気づかれていたはずです」 あのパーティー会場で、僕が源一会長と直接言葉を交わすことはなかったが、彼の方は僕の顔を物珍しげにチラチラとご覧になっていたような気がする。「あれ、あんなに若い社員が来ているなんて珍しいな」という感じだったのだろう(ちなみに、会社では接点があった)。 そのことを伝えると、絢乃さんはお父さまの並外れた記憶力に驚愕されていた。「――それはともかく、絢乃さんは明日どうされるんですか? お母さまとご一緒に付き添いに?」 僕がそう訊ねると、彼女は「パパのことはママに任せて、わたしは学校に行くことにした」と答えられた。お友だちに心配をかけたくないし、自分が一緒に行ってもかえって両親に気を遣わせるだけだから、と。まだ十七歳なのに、こういう時の判断がしっかりできるなんてスゴい人だなと思った。  彼女はどうやら入浴前だったようで、電話口から微かに水音も聞こえていた。もしや、室内にバスルームまで完備されているのか……!?「お風呂に入るところだったから」と通話を終えようとしていた彼女に、湯冷めしないよう諭してから僕は電話が切れるのを待った。 ――彼女は何度も僕に「ありがとう」を言っていた。けれど、〝ありがとう〟を言いたいのは僕の方だった。 もう一度、女性を信じようという気を起こさせてくれて。そして僕を裏切らないでいてくれて。「絢乃さん、ありがとうございます……」 僕はスマホを見つめながら、前を向く勇気が湧いてくるの

  • トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~   前を向け! PAGE2

    「――はい、桐島です」 とにかく出ねば、と通話ボタンをスワイプし、まだ若干モゴモゴしている状態で応答した。 絢乃さん、怒るだろうな……と不安だったので、声は少々震えていたかもしれない。『……あ、桐島さん。絢乃です。今日は色々ありがとう。――今、大丈夫かな? 何か食べてる?』 カンの鋭い彼女にはすぐに見抜かれてしまったが、その声からはお怒りの様子も呆れられている様子も感じられなかった。むしろ笑うのを必死でこらえられている、という感じがしたのは僕の気のせいか? 僕が無事に帰れたことにホッとされていたからだろうか。「ええ、大丈夫ですよ。もう自宅に着いて、夜食にコンビニで買ってきたパンを食べていただけですから」 バカヤロー、俺。何を食べてたかなんていちいち報告する必要ないだろ。絢乃さんとは初対面だったのに、気を許しすぎだ。 ……と心の中でセルフツッコミを入れていると、彼女は笑いながら「ああ、そうなんだね」と言った。めちゃめちゃ笑われてるじゃん、俺。『――あのね、桐島さん。さっき、ママと一緒にパパの説得頑張ってみたの』 ひとりで勝手にヘコんでいると、次の瞬間彼女の声のトーンが真剣なものに変わった。僕は「そうですか」と相槌を打ってから、もういい加減モゴモゴをやめなきゃいけないと思い、「ちょっと待って下さいね」と彼女に言い置いて急いで口に残っていたものをカフェラテで流し込んだ。「――で、どうでした?」 早く話の続きが聞きたくて、僕はそう訊ねた。果たして彼女は、お父さまを説得することに成功したのか。……まぁ、おっかない夫人も一緒に説得を試みただろうし、源一氏が子煩悩だというのは有名な話だったので、うまくいかなかったとは考えにくかったが。『明日ママに付き添ってもらって病院に行ってくる、って。大学病院にパパのお友だちが内科医として勤務してるから、その先生に診てもらうんだって』 するとやっぱり、説得には成功されたと思しき返事が返ってきて、その声の明るさに僕もとりあえずホッとした。 それにしても、ご友人にドクターがいらっしゃるなんて源一会長は環境に恵まれている。医者に診てもらうにしても、まったく見ず知らずのドクターが相手よりは知人のドクターが担当になってくれる方がハードルがグンと低くなるだろう。

  • トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~   前を向け! PAGE1

     ――僕はその後、アパート近くのコンビニに寄って夜食用のパンを買い込んだ。この店は実家からも近く、僕が子供の頃からよく利用していた。「――はい、五百四十円ね。貢くん、アンタたまにはもっと栄養のあるもの食べなさいよ?」 店員のおばちゃんが、レジで会計をしていた僕にまるで母親のようなことを言った。ちなみに彼女は、家族経営をしていたこの店の店長の奥さんだった。「実家のご両親とかお兄ちゃん、心配してるんじゃないの?」「おばちゃん、俺、実家には毎週末帰ってますよ。今日はもう夕飯済ませてきたから、軽く夜食で食べとこうと思っただけです」「そうなの? だったらいいんだけど……。はい、千円お預かりで四百六十円のお返しね」「……どうも」「アンタ、早くお嫁さんもらいなさいよ? いつまでも実家やお兄ちゃんアテにしてたら、いつまで経っても自立しないわよ」「それ言うなら兄貴の方が先だと思いますけど」 余計なお世話だ、とばかりに僕は反論した。この当時で兄はすでにアラサーだった。が、兄に恋人がいると知ったのはその四ヶ月ほど後のことだった。ちなみにその彼女は、今兄嫁である。「まぁ、そうよねぇ。ゴメンねぇ、おばちゃん余計なこと言っちゃったわね。はい、ありがとう」 会計の済んだカレーパンとクリームパン、そして五〇〇ミリペットボトルのカフェラテを有料のレジ袋に入れてもらい、僕はコンビニを出た。   * * * *「――ただいま」 アパート二階のいちばん奥にあるドアを開けると、僕は誰もいない(ひとり暮らしなんだから当たり前なのだが、家族全員がこの部屋の合鍵を持っているため誰かが来ている可能性もあった)部屋の玄関でくたびれた革靴を脱いだ。 篠沢家の大豪邸を外から眺めた後なので、風呂とトイレが一体になったユニットバス付きの1Kの部屋がものすごくちっぽけに見え、絢乃さんとの格差をイヤでも思い出させられた。でも社会に出てからその当時で二年半、ずっと暮らしてきた住まいでもあったので、愛着がまったくないというわけでもなかった。 ベージュのラグを敷いたフローリングの床に通勤用のカバンを置くと、とりあえず着ていたジャケットを脱いでベッドの上に放り投げ、ネクタイを緩めた。もちろんそのままほっぽり出しておくわけがなく、後からスーツは一式まとめてハンガーにかけるつもりだった。「あー、

  • トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~   決意 PAGE12

     ――もうすぐ自由が丘。絢乃さんの家に着いてしまう。彼女との楽しかった時間ももうすぐ終わり、僕はまた課長にこき使われる現実に戻ってしまう。まるで童話のシンデレラのように、魔法が解けてしまうのだ――。 ……俺はこのまま、何のアクションも起こさずに彼女との接点を失ってしまうのか? 元々はセレブ一家に生まれ育った彼女と、普通よりちょっとばかりいい家に育った僕とでは住む世界が違った。この夜の出会いは、奇跡のようなものだったのだ(だからといって、僕にこの出会いをもたらした島谷氏に感謝する筋合いはなかったのだが)。 だからせめて、彼女と連絡先の交換くらいはしておかなくては。源一会長の病状も気になっていたし、情報交換のためにもそれくらいは許されるはずだ。……彼女がそれに快く応じて下さるかどうかは別として。 絢乃さんをクルマから降ろしたら、僕の方から切り出そうと思っていた。「今日はお疲れでしょう。ゆっくり休んで下さいね」「うん、ありがとう。――あ、桐島さん。あの…………」 でもなかなか言い出せず、半ば「もう無理だ」と諦めながら運転席に戻ろうとしていると、彼女の方から引き留められた。「連絡先……、交換してもらえないかな…………なんて」 まさかの展開に気持ちが逸り、僕は食いぎみに「いいですよ」と答えてしまった。期待していたと思われたらどうしよう? 彼女、引くかもしれない……。 でも、そんな僕の心配は杞憂だったようで、彼女は嬉しそうにスマホを取り出して僕との連絡先交換を済ませてしまった。 絢乃さんはその後も「ウチでお茶でも」と誘って下さったが、「明日も仕事があるので失礼します」とお断りした。これ以上期待してはいけない、裏切られた時のダメージが大きいから。 それなのに、僕は「連絡、お待ちしています」とポロッと言ってしまった。それは、お茶を断られた彼女が落胆しているように見えたからだ。でも、この言葉にはうろたえながらも嬉しそうに頷いて下さった。 クルマに乗り込んだ僕は、しばらくシートの上でスマホを見つめていた。――もう女性を信用しないと決めた。けれど。「もう一度、信じてみようかな……。せめて絢乃さんのことは」 初々しく頬を染めながら、嬉しそうに僕とアドレスを交換してくれた彼女にはそれだけの価値があるのかもしれない、と僕は思ったのだった。

  • トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~   決意 PAGE11

     それよりも、この時の僕は彼女の表情が冴えないことが気になった。お父さまが倒れてすぐだったので仕方のないことだが、僕はできることなら、大好きな彼女に笑顔でいてほしかった。「――絢乃さん、一人っ子だとおっしゃってましたよね? ご結婚される時はどうなるんですか?」 なので、唐突にそんな質問をブッかましてみた。もちろん彼女に笑ってもらうための冗談だったが、彼女は一瞬ポカンとなった後、真剣に答えて下さった。「やっぱり、相手に婿入りしてもらうことになるんじゃないかなぁ。パパの時みたいに」「じゃあ……、僕もその候補に入れて頂くことは可能ですか?」 これは半分、僕の本心からの願望でもあった。が、絢乃さんが変に気を遣わないよう表向きはこれも冗談ということにした。「…………えっ!? ……うん、多分……大丈夫だと思うけど」 彼女は戸惑いながらもそう答えてくれた。が、正直僕はこれも彼女の社交辞令ではないかと内心疑っていた。彼女は優しい人だから、僕に「無理だ」とは言えない、と思ったのではないかと。 彼女のような良家のご令嬢に、僕のような家柄も収入も平凡な(「年収が平凡」ってどんなんだ)男は釣り合わないと思っていた。お似合いの相手はもっといい家柄で、高収入で、僕よりイケメンなどこかの御曹司のはず(……ってこんな歌詞、何かの歌で聴いたことあったな)。 なので、僕は「冗談ですからお気になさらず」と言って肩をすくめたのだが、彼女が満更でもなさそうだったのは気のせいだろうか? いや、待て待て、俺。期待したってまた裏切られるだけだぞ。  ――その後、恵比寿のあたりで絢乃さんのスマホに加奈子さんから電話がかかり、それを終えた彼女と不意に目が合った。 ちょっとドキドキしながら「何ですか」と訊ねると、彼女は僕にお母さまと彼女自身の「ありがとう」を言った。「いえ……」 お礼を言われるようなことは何もしていないつもりだった。ひとりパーティー会場に残されて心細い思いをしていた十代の女の子に寄り添ってあげたいというのは、一人の大人として当然の行動だったし、ぶっちゃけて言えば自分でも認めがたい下心のようなものもあった。 でも、彼女はそんな僕の一連の言動を厚意だと受け取ってくれたらしい。彼女の純粋すぎる性格に感動しつつも、彼女はもし他の男に同じようなことをされたらコロッと|騙

  • トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~   決意 PAGE10

    「――そんなことより、ちょっと不謹慎な質問をしてもいいですか?」 僕の訊ね方のせいか、絢乃さんはちょっと戸惑いながら「うん……別にいいけど」と答えた。僕にはそんなつもりはなかったのだが……、ちょっと反省。「お父さまに万が一のことがあった場合、後継者はどなたになるんでしょうか」 彼女にお父さまの死を意識させないよう、あえて言葉を選び、オブラートに包んだ質問のしかたをした。でも、そんな僕の気遣いを察して下さったようで、彼女は不愉快な様子もなく少し考えてから答えて下さった。「う~んと、順当にいけばわたし……ってことになるのかなぁ。ママは経営に携わる気がないみたいだし、わたしは一人っ子だから」 絢乃さんの祖父が会長職を引退された時、加奈子さんも後継者の候補に入っていたらしいという話は僕の耳にも入っていた。その当時、僕はまだ入社前だったので、聞かされたのは入社後に小川先輩からだったが。 加奈子さんも一人娘だったため、親族たちは加奈子さんが継がれるものだと思っていたらしい。が、彼女は教師という職を捨てる気がなく、彼女の婿だった源一氏が後継者となったのだという。 それでも、加奈子さんが「篠沢家」という経営者一族の現当主であることに違いはなく、経営に関わらずともその権力は絶大だった。教師としての威厳もプラスされていたのだろう。 絢乃さんの祖父がこの世を去られたのは、それから一年ほど後のことだった。引退を決意されたのも、心臓を悪くされていた奥さまに先立たれ、体調を崩されたからだそうだ。 ただ、そんな彼女ではなく入り婿の源一氏が会長に就任したことに、親族たちからの強い反発もあったようで。「親戚の中には、パパが後継者になったことをよく思ってない人たちも少なくなかったなぁ。また揉めることにならなきゃいいんだけど」 ウンザリとジャケットの襟元をいじりながらそう言った絢乃さんに、僕も同感だった。  資産家の一族による後継者問題、いわゆる〝お家騒動〟というものは古今東西どこにも存在する。小説や映画、TVの二時間ドラマのテーマとして扱われることも多々あるが、こんな身近なところにまで転がっているとは(失礼!)思ってもみなかった。「名門一族って、どこも大変なんですね……」「うん……、ホントに」 彼女の頷きには、ものすごく実感がこもっていた。そりゃそうだ

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